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横浜地方裁判所 昭和40年(ワ)1629号 判決

原告 佐藤明

被告 株式会社日立製作所

主文

一、原告が被告の横浜工場の従業員としての地位を有することを確認する。

二、被告は原告に対し、昭和四〇年九月一日以降毎月二八日限り二二、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、本判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

原告は、主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二原告の主張

一、原告は昭和三六年四月一日被告会社に雇傭され、被告会社横浜工場(以下横浜工場という)の従業員として同工場テレビ設計課に所属し、昭和三九年八月同課の業務の一部がテレビ試作課に移管するとともにテレビ試作課に所属を移し、主としてテレビのシヤシー設計の業務に従事してきた。

二、原告は昭和四〇年八月五日突然テレビ試作課の林課長より、「被告会社の系列会社である訴外株式会社日立電子(以下日立電子という)へ転属させることになつたから明日六日から日立電子で働くように」と告げられた。しかし、原告は突然のことであり日立電子の業務内容、待遇、将来性が不明なので承諾を留保した。翌六日原告は林課長に対し、一生を被告会社で働くつもりでいたのに簡単に転属されることは不満なこと、日立電子は弱体会社で将来性が危ぶまれることを挙げ、「父とも相談したいから転属は一時保留したい」と回答した。同課長からは、「保留は困る。これは業務命令だからそんな余裕はない」と言われ、同日日立電子から転属者を迎えにくることになり、原告外四名が横浜工場第六会議室に集合したとき、原告は勤労課立川主任に対しても、「転属は納得できないので日立電子で入社手続がなされるなら保留したい」と断わつた。立川主任からは、「それでは困る。日立電子へ行つて説明を聞いてからにしてくれ」と言われたので日立電子の係員に伴われて日立電子へ行つた。そこで日立電子の村上勤労課長より説明を受け入社手続を求められたが、前記の理由で労働契約書に署名することを断わり、同課長には横浜工場林課長に対すると同じことを説明して一時保留したいと返答した。翌七、八日は公休をとり、九日横浜工場宮本勤労課長に対し、「被告会社で働くつもりで入社したのに系列会社へ転属されるのは納得いかない。日立電子では労働条件の説明は何もなかつた」と話したところ、再度日立電子へ行つて説明を受けるように勧められ、同日林課長に伴われて日立電子へ出向き天野課長から日立電子の業務内容、福利厚生施設、給料等につき説明を聞き帰つたが、まだ釈然としない旨宮本課長に答えた。宮本課長からは、「明日は休暇をとつて考えるように」と言われ、翌一〇日は休暇をとり、一一日出勤後宮本課長から呼ばれ、「困つたことがおきた。日立電子から君を採用したくないといつてきた。日立電子で働く意思があるなら日立電子にもう一度話してみよう」と言われたが、同課長より転属に伴う待遇問題その他の説明を受けてようやく納得できたので、日立電子へ行くことを承諾した。林課長、宮本課長から、「日立電子の方へよく頼むからそちらへ行つて挨拶をし入社手続をしてきてくれ」と指示され、退職金として一九、二〇〇円を交付された。

そこで、同日日立電子へ赴いたところ日立電子の高見総務部長、西工場長より日立電子で採用できない旨の通告を受けたので、翌一二日横浜工場へ行き宮本課長にその旨報告したが、同課長より、「八月六日付で日立電子へ転属の手続がとられているので被告会社の方は退職の取扱いになつているから原告を就労させるわけにはいかない」との回答を受けた。

しかし、原告は被告会社との間に昭和四〇年八月五日労働契約を合意解約した事実がなく、被告会社の従業員としての地位を有するものであるが、原告は横浜工場での就労を拒否され、被告会社から横浜工場の従業員としての地位にあることを否定されている。

三、原告は横浜工場における就労により毎月二二、〇〇〇円の賃金を得ており、その支払日は毎月二八日であるところ原告は労務の提供を申出ているのに被告会社は就労を拒否しているのであるから、被告会社は昭和四〇年八月六日以降毎月二二、〇〇〇円の賃金額を支払う義務がある。

四、よつて、原告は被告会社に対し、原告が被告会社横浜工場の従業員であることの確認及び賃金の支払につき右限度内である昭和四〇年九月一日以降毎月二八日限り月額二二、〇〇〇円の賃金の支払を求める。

第三被告の答弁と主張

一、第一項は認める。

二、第二項のうち、昭和四〇年八月五日原告に対し被告会社横浜工場の林課長を通じて系列会社である日立電子へ八月六日付で転属させる意向であると告げたこと、翌六日原告が日立電子へ行き、入社手続をするに際し、二、三日考えさせてくれと言つて労働契約書の作成を断わつたこと、八月九日横浜工場林課長が原告を日立電子へ連れて行き、厚生施設、労働条件等の説明を受けさせたこと、一一日原告が日立電子へ行つて働くことを承諾したこと、原告に対し退職金を交付したこと、同日日立電子の高見総務部長、西工場長が原告に対し雇傭できない旨通告したこと、翌一二日原告から横浜工場宮本課長に対しその旨の報告がなされたこと、八月六日付で原告は被告会社を退職した取扱いになつており、原告が被告会社横浜工場の従業員としての地位にあることを否定していることは認めるが、その余の事実は否認する。

三、第三項のうち、原告の毎月の賃金額及びその支払日が原告主張のとおりであることは認め、その余の事実は否認する。

四、被告は次のように主張する。原告が昭和四〇年八月一一日日立電子への転属を承諾したことにより原告と被告会社との間に退職の合意が成立し、それと同時に被告会社が日立電子の代理人として日立電子と原告との間に労働契約締結の合意が合一的になされた。しかも、右の三者間の合意は同月六日付で手続をするとの了解も含まれているから同日付で原告は被告会社を退職し、日立電子へ雇傭されたものであり、日立電子が原告を受入れないとしても、原告と被告会社との雇傭関係の消滅には何ら関係しないところである。原告の転属についての主張は争う。

本件転属の経過は次のとおりである。

被告会社は従来より業務移管あるいは人事上の必要等業務上の都合により系列会社に被告会社の従業員を異動させ、あるいは系列会社の従業員を受入れてきたが、その際従来雇傭されていた会社の従業員たる身分を喪失し、受入れ先の会社の従業員となる場合を転属と称しており、転属が決定した後にとられる退職の手続ないし入社の手続は形式的意味をもつに過ぎなく転属を決定した双方の会社及び従業員の三者ともその決定により当然に受入れ先の会社に籍が移ると理解しており、実際過去の数多くの転属について三者間において何らの支障もなく円満になされてきた。

本件転属先の日立電子は昭和三六年六月設立され、電子計算機、測定機器、放送装置その他電子応用機器類を製作している被告会社の一系列会社であり、従来も転属、出向による人事交流を行う等被告会社と密接な関係を有しているが、昭和四〇年四月被告会社はその戸塚工場で開発してきた自動車用無線機の製作を日立電子に移管することになり、これに伴い同年七月一四日日立電子から被告会社横浜工場宛人員の充足方の申入れがあり、横浜工場は茨城地区、京浜地区の工場から若干名を転出させることにし、同月二〇日原告外五名のものを転属させることに了解し、同年八月六日付で転属の諸手続をとることを双方で申合せた。そこで、横浜工場及び日立電子ではそれぞれ工場長の決裁をとる等の社内手続をすすめ、同年七月三〇日にその手続を終えた。ところで、横浜工場では同月三一日から八月三日まで夏季休暇であり、転属該当者への通知は同月四日ないし五日になつたが、原告以外の五名は何れも転属を了承した。原告は同月四日も引続いて有給休暇をとつたので翌五日所属長の林課長より転属の通知をなしたところ原告からは特に転属を拒否する態度がみられなかつたので、従来転属を取扱つてきた例からみて原告もこれを了解したものと判断した。

翌六日原告は外五名と共に受入れ先の日立電子へ赴き、入社手続をするときになり、二、三日考えさせてくれと労働契約書の署名を断わつたが、日立電子から横浜工場宛転属に伴う関係書類の送付を依頼してきた。それは日立電子において原告を受入れる意思に変りなく原告も最終的には納得して日立電子へくるだろうことを確信していたからである。七、八日は公休で九日原告は横浜工場宮本勤労課長に対し、日立電子の厚生施設、給与等労働条件につき質問をし、これに返答したが、さらに細かに寮のことを尋ねるので林課長を同道させて原告を日立電子にやり、説明を受けさせた。原告はまだ納得できない様子なので宮本課長から、「いつまでも態度保留は困る。期限付で決めるように」と注意を与え、原告から、「もう一日考えさせてくれ」と頼むので、これを了解した。同月一一日になり原告から宮本課長が前と同様の質問を受けたのでこれを説明すると、原告は、「日立電子で働きます」と転属を承諾するに至つたので、原告に対し退職金を交付し、退職の手続をとつたのである。

第四原告の反駁

一、原告が昭和四〇年八月一一日被告会社に対し日立電子への転属を承諾したことは認める。転属が被告会社主張のような性質のものであることを争う。

二、本件の転属は受入先の日立電子が原告を雇傭することを停止条件とする原告と被告会社間の労働契約の合意解約の性質を有するもので、日立電子が原告の雇傭を拒否した以上停止条件は成就していないから、原告と被告会社間の右労働契約の合意解約の効力は発生しない。

また、転属の承諾が被告会社主張のとおり原告と被告会社間の退職の合意を成立させるとしても、原告は日立電子に雇傭されることが前提であると信じて、退職の意思表示をしたのであるが、事実は日立電子は当時すでに原告を雇傭しないことを決定したのであるから原告の右退職の意思表示には要素の錯誤があり無効である。

第五証拠〈省略〉

理由

一、原告が昭和三六年四月一日被告会社横浜工場の従業員として雇傭され、昭和三九年八月以降テレビ試作課においてテレビのシヤシーの設計業務に従事していたこと、昭和四〇年八月五日原告に対し日立電子へ転属の通知があり、結局同月一一日原告は転属を承諾するに至つたが、日立電子から雇傭されず、他方被告会社においても原告に対しすでに退職の手続がとられているとの理由で原告の従業員たる地位を否定されていることは当事者間に争いのないところである。

二、右争いのない事実並びに証人上山正三、同高見義昭、同宮本延治の各証言及び原告本人尋問の結果によると、昭和四〇年七月一四日被告会社の系列会社である日立電子から横浜工場へ無線機関係の設計、検査等の従業員数名を転属させてくれとの要請があり、横浜工場において候補者名簿を作つて日立電子に提示し、そこで人選の結果原告を含む五名のものを内定し、同月二〇日横浜工場上山総務部長と日立電子高見総務部長との間において同年八月六日付で転属の手続をとることの了解がなされたこと、同年八月五日横浜工場は林課長を通じ原告に対し、「日立電子の業務拡張のため要員を回すことになり翌六日付で日立電子へ転属させることになつた」旨の通知をしたが、原告は突然のことであり、この通知に対し諾否の明確な回答をしなかつたこと、原告としては日立製作所に入社しながら日立電子へ明日から行けと言われても納得できないし、さらに日立電子の労働条件も不明なので転属を承諾する気にはならず、そのことを理由に翌六日林課長に対し、転属を保留にしてほしいと回答したところ林課長は、「保留では困る。会社の業務命令でやつていることだから」と言い、その日朝礼のとき林課長は課員に原告が日立電子へ転属することになつた旨紹介し、引続いて原告が挨拶に立つたとき、「転属が納得できないでいる」と課員に不満を打ち明けたこと、そのあと横浜工場勤労課立川主任が原告を含め転属該当者に対し残務処理について指示を与えた際原告は立川主任より、これから日立電子へ行き入社手続をするようになるかもしれないとの話を聞いたので、立川主任に対しても、「転属につき釈然としないところがあるから保留にしたい」と告げたところ同主任から、「今保留にしたいといわれても困る。日立電子へ行つて話を聞いてから決めてくれ」と言われ、原告は他の転属者と共に日立電子へ行つたこと、日立電子では原告ら転属該当者に対し労働契約書に署名するように求めたところ原告は係員に対し保留にしたいと話して署名を断わり、日立電子の村上勤労課長が原告を呼んでその理由を尋ねたとき原告は、「転属先の労働条件がはつきりしないのに明日から日立電子へ行つてくれとの転属のやり方が不満だし、日立電子の内容もよくわからないから保留にしたい。七、八日は横浜工場が公休なので故郷へ帰つて親とも相談のうえ考えてみたい」と話し、同課長もこれを了承したこと、七、八日公休で原告は故郷へ帰り兄と相談したが結局転属を納得できない気持は変らず、翌九日横浜工場へ出て林課長、宮本勤労課長に対し、「六日には日立電子の業務内容、労働条件について何の説明もなかつたので転属を承諾するかどうか決心がつかない」旨伝えたこと、他方横浜工場の宮本課長は早く原告を納得させて日立電子へ転属させなければならない立場上原告に対し、「日立電子からは、早く原告を納得させて日立電子へよこすよう原告を納得させることを横浜工場へまかすと言つてきている。原告が承諾すれば八月六日付で横浜工場を退職し日立電子の人間になるのだ」と種々説得を重ね、同日林課長を同道させて原告を日立電子へ行かせて係員から日立電子の業務内容、労働条件等について説明を受けさせたこと、その日原告は横浜工場へ帰つてから宮本課長に対し、「未だ転属の取扱い方について釈然としない点がある」旨告げたところ宮本課長は原告に対し、「翌一〇日は休んでよく考えてみるように」と言い、原告は一〇日休暇をとり、一一日宮本課長に対し数点の事項を挙げて説明を求め、「これについて納得できたら日立電子で働きたい」と話し、同課長から質問事項全部にわたつて縷々説明を受けて始めて納得し、原告は、「日立電子へ行つて働く」旨答え、ついに転属を承諾するに至つたこと、原告は宮本課長から「日立電子へ行つて挨拶をかねて入社手続をするように」と言われ、退職金一九、二〇〇円の交付を受け、日立電子で当然雇傭してもらえるものと信じて、早速その日日立電子へ出向いたこと、ところが、同日日立電子においては部長会議で、「原告から八月九日質問を受けた際の原告の態度が好ましくないので将来うまく使つていけない」との意見が出され、結局原告を使わないことに決定し、高見総務部長、西工場長から原告に対し、「質問の態度がよくなく職場の統制がとれない心配があるから採用しないことになつた」旨告げ、原告は日立電子から受入れられず就労できないまま横浜工場へ帰つたが、宮本課長には会えず、翌一二日宮本課長に対し日立電子で採用してくれない旨告げ、原告の立場はどうなるのか説明を求めたところ同課長から、「八月六日付で横浜工場を退職し、日立電子へ籍が移つているから採用するか否かは日立電子で決めることであり、横浜工場では責任が持てない」旨回答され、以来再三の接渉にもかかわらず原告は横浜工場において就労を拒否されていることがそれぞれ認められる。

三、ところで、被告は、昭和四〇年八月一一日原告が日立電子への転属の承諾により、同月六日付で原告と被告会社との退職の合意と原告と日立電子との労働契約締結の合意とが合一的になされたと主張する。

前顕証拠によると、昭和四〇年八月一一日原告が日立電子への転属を承諾したことにより原告と被告会社との間に退職の手続がとられ、同日付をもつて退職の合意が成立したことは認められるところであるが、しかし前記認定事実のとおり、昭和四〇年八月五日原告に対し日立電子へ転属の通知がなされて以来同月一一日これを承諾するに至るまで原告は一貫して横浜工場に対し転属を承諾せず保留にしてもらいたい旨の意思を表明し、また、日立電子に対しても労働契約書の署名を断わり、転属を納得できない旨告げて転属保留の態度を明確にしてきたこと、他方横浜工場においては、原告をなんとかして早く納得させて日立電子へ送りこみたいとの立場から種々説得を重ね、転属を承諾さえすれば日立電子の従業員としての身分を取得する旨を強調していたこと、原告は上司からの再三の説得に折れ転属を承諾するに至つたが、これにより当然日立電子で雇傭されるものと期待していたことその他前記認定の転属承諾に至つた経過ないし事情等を考慮すると、本件に関する限り原告のなした転属承諾即ち右認定による退職の意思表示は、原告が日立電子で雇傭されることを条件としてなされたものと解するのが相当である。この認定に反する証人上山正三、同高見義昭、同宮本延治の各証言は信用しない。

そこで、右条件の成就があつたかどうかを検討する。原告が日立電子への転属の承諾をした八月一一日原告は日立電子では採用できないとして帰されたことは当事者間に争いがない事実である。しかして、原告が日立電子へ赴いたのは、入社手続を求められた八月六日と横浜工場林課長と同道し業務内容、労働条件について説明を聞いた同月九日の二度であり、原告は日立電子との間に労働契約書に署名しておらず、また、原告は日立電子で勤務したことが全然なかつたことは前記認定のとおりである。たとえ、労働契約書の作成が被告主張のとおり単に形式的なものに過ぎないとしても、転属の承諾と同時に遡つて転属先へ籍が移るということも転属側受入側双方の会社間の単なる手続上ないし形式上の処理の必要からなされたに過ぎないと解されるのであつて、本件のように原告が日立電子において八月六日以降事実上就労したかまたは雇傭契約の締結があつたと認められる何らかの形跡がない以上、単に手続上八月六日付で転属させる旨の被告会社と日立電子間の申合せがあり、これにより同日付で形式上日立電子に籍が移つたと扱われたところで、その間に原告の意思が介入する余地がないのであるから、日立電子と原告との間に雇傭契約締結の合意が成立したと認めることは到底できないといわざるをえない。証人高見義昭の証言によると、「原告は八月六日付で日立電子に籍が移つているので形式的には就業規則六七条の事業上止むをえない場合の解雇という形で採用しなかつた」旨被告の主張にそう供述をしているが、同証言によるも、原告に対し解雇をした旨の明確な通告はなされておらず、解雇に必要な所定の手続がふまれていないことが認められるのであつて、同証言は信用できないし、右証言と趣旨を同じくする証人宮本延治の証言も信用しない。

従つて、日立電子と原告との間に雇傭関係が成立しない以上、これが成立することを条件とする前記転属の承諾即ち被告会社退職の意思表示は条件の成就がないから、その効力を発生しないというべく、原告と被告会社との間には依然として雇傭契約は存続しているものといわざるをえない。

四、原告の横浜工場における一ケ月の賃金額が二二、〇〇〇円であり、その支払日が毎月二八日であることは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によれば、原告は被告会社横浜工場において就労する意思を有して労務の提供を申出ているのに被告会社により就労を拒否されていることが認められるから、被告会社は原告に対し退職の取扱いをなした昭和四〇年八月六日以降毎月二二、〇〇〇円の賃金の支払をなす義務がある。

五、よつて、原告が被告会社横浜工場の従業員であることの確認及び昭和四〇年九月一日以降毎月二八日限り月額二二、〇〇〇円の賃金の支払を求める原告の請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 溝口節夫 石沢健 梅原成昭)

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